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梅の花を見て…

2009/02/17 10:19

 

「あっ、春の匂い…」路地裏からふわっとした色香が漂うよう。見上げると、白梅がちらほら。寒空を背景に凛とした表情を浮かべている。

梅の花言葉は、「厳しい美しさ」。桜とは違う、孤高の美には、いかにも寒空が似合う。

「この頃梅に惹かれるの」と目を細めながら言う私に、母が小さく笑った。

「貴女も大人になったのかもね」。

確かに、年を重ねて、花の嗜好が変ってきた。幼い時の私は、チューリップと三色すみれが大好きで、満開の花壇を前にただ座っているだけで満悦だった。そして華やぐ青春時代、ボーイフレンドからあでやかな真紅のバラの花束が届けば、心が躍り、バラが似合う女になりたいと思ったし、仕事に邁進している時期は野辺に咲くコスモスのしたたかな美しさを手本にしようと頑張って来た。花の持つそれぞれの美意識がその時の私の心そのものだったのだろう。

 梅の花は、清楚でそれでいて力強い。荒廃した現代社会に高邁な信念を貫こうとする人の生き方を見る気がする。

 さて、梅といえば、「松竹梅」と三種セットで使われるが、一体どうしてこの取り合わせができたのだろう?

もともと松、竹、梅は中国では、慶事などの景物に使われ、「歳寒三友」と言われていた。松と竹は冬の寒気に耐えて緑を保ち、梅は、寒さの中、百花に先駆けて花を咲かせることから名づけられ、日本に伝来したと聞く。

また「三友」とは友にふさわしい三大条件のことを言うらしい。松は、たとえ厳冬でも葉を落とさず、どんな断崖でも根を張るところから、忍耐強く、真心を尽くす人を指す。一方、竹は、隠し立てのない正直でまっすぐな気性の人のことを言い、梅は、寒さに負けずに花をつけるところから、どんな厳しい条件下でも、笑顔を絶やさず物怖じしない人のことを意味する。

「三友」こそ、険しい冬の時代に突入した現代日本に求められるリーダー像ではないだろうか?だけど、今の政界には松竹梅がいない。ふと暗鬱な心になる。いやはや、日本の将来はどうなるか…。なんて考えても埒が明かない。今夜は、お風呂上りに梅酒でいっぱい、気分をリフレッシュしてみるしかないな。

 

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仕事の姿勢

2009/02/08 23:47

 

「仕事がつまらなくて…働いている感覚がしないの」昨年秋、上海転勤から戻ったAがボソッと呟く。彼女は、上海支店に6年ほど在籍していた際、新たなビジネスの立ち上げに携わったことがある。

「毎日忙しくて大変だったけど、すごく充実していた」と述懐する彼女の顔は、先ほどまでの陰鬱な表情とは打って変ってイキイキと輝いている。

彼女の話を聞いているうちに、もうひとりの友人Bの言葉が頭を掠めた。

「またベトナムに戻ろうかと思う」。彼女も昨年春まで5年間、ホーチミンで、日本企業向け生活支援の企業に勤務。異文化の狭間に身を置いて、駐在員のために働いた。

「辛いこともあったけど、仕事の成果が感謝の形で戻ってくる。今思えば、最高の仕事だった」と微笑んだ。

二人とも働くことが大好きな、明るく、前向きな30代女性。人が喜ぶ仕事がしたい。そして、その仕事を通して自分も成長したいと、口を揃えて言う。

彼女たちが居なかった間に日本の労働形態が様変わりした。労働基準法の改正が大きなきっかけとなって、週休二日制、時短を取り入れる企業がほとんどを占め、昨今は、「ワークライフバランス」を促進する動きも盛んだ。

勃発する過労死問題によって、きつい労働環境が表面化したため、いまや日本の労働時間は、韓国はもちろん、アメリカよりも少なくなっている。

「なるべくラクして仕事したいという人が増えているのを見て驚いた」「自分の責任範囲だけの仕事しかしないから、逆に仕事をつまらなくしている気がする」二人が異口同音に吐いた言葉に私も同感するところがある。

小さな企業ではいまだに社員は、マルチプレーヤーでなければならないけれど、逆に大会社の社員は、歯車としての仕事だけを専念する傾向がある。

「いくら仕事量が減っても面白くなければストレスがたまる」という彼女たちの見解に私は大いに納得する。

ストレスを感じる仕事か否かは、仕事時間や量の問題だけでなく、それを面白いと思うか、やりがいがあるかにかかっているのである。

 

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日本とアメリカにおけるヒーロー比較論

2009/02/01 17:43

 

金融危機が引き金となり、瞬く間に世界中がすっぽりと沈鬱なベールに包まれた。中でも閉塞感に喘いるアメリカ国民は、新大統領の出現に大きな期待を寄せ、待ってましたとばかり、スーパーヒーロー役としてオバマ氏を奉り上げている。

熱狂的な就任式会場では、「オバマは全てを変えてくれる」とすがるような目をする男性がいると思えば、「彼は救世主よ」と涙ぐむ女性までいた。

そもそもアメリカ的スーパーヒーローとは、スーパーマンやバットマンに代表されるアメリカコミックの主人公で、正義のためには、身の危険も顧みず、高い理想と強靭な体力を持ち、独特なコスチュームをまとって登場する。

アメリカ滞在中に何度かヒーロー映画を見たが、クライマックスにヒーローが登場すると、決まって観客から歓声があがり、拍手喝采となる。オバマ大統領の就任演説が終わったあの時の瞬間と同じ興奮である。

 いまだに強いスーパーヒーローを好むアメリカ人気質と対照的なのは、実は、昨今の日本だと思う。

 以前は、時代劇の水戸黄門に始まって、正義の味方である月光仮面、仮面ライダーのような頼もしいヒーローが存在していた。が、ロボットアニメといわれるアニメが台頭してきてから、ヒーローのあるべき姿が一変した。

完全無欠の強さを誇るようなヒーローとは違い、人間らしい弱点を抱えている。「機動戦士ガンダム」の主人公アムロ・レイのように、苦い経験を経て、究極的にヒーローとして成長していく過程が、現代日本人の心をつかんでいる。

 「今の日本じゃ、ロボットアニメに見るようなヒーローも育たないよ」と嘆くのは、社会学者の友人。「メディアがそうさせない」とつぶやいた。

ヒーローとは、世間が作り上げていく虚像だ。日本の現状では、一端脚光を浴びた人を、今度は、スキャンダルの無差別攻撃によってあっという間に舞台から引きずり降ろすことが多い。横並び路線が好きな国民の特質か。  

どちらにせよ、ヒーローの素質さえ見当たらない今の政治家に、このお話が通用しないのはとても残念だけどね。

 

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武将ブームについて

2009/01/26 11:01

 

会議の合間に、街角のカフェで温かなココアをすする。すると、隣のテーブルから若い女性の会話が聞こえてきた。

信長って、かっこいいよね」

「そう?私はダンゼン、兼続が好き!」

えっ?のぶなが?かねつぐ?まるで好みのタレントの名前を挙げるかのように、武将の名前が出てくるなんて…。好奇心に駆られて、思わず、声の主のほうに目をやった。ふたりとも紺のスーツが似合うごく普通の20OL風なのに、真向かいにいる女性の携帯だけがちぐはぐだ。織田家の家紋、五葉の木瓜紋シールが全面を覆って、おおよそ彼女の様相にはそぐわない。

「ミイちゃんは、妻夫木のファンだからねぇ」と、その携帯の持ち主が、兼続好きの女性を揶揄する。

「うん、きっかけはね。彼の主演するドラマに興味もって、本を読んだから。でも、今は直江兼続の生き方に憧れる」。

 私は、テレビで取り上げた特集を思い出した。若い女性たちの間で伊達政宗、真田幸村などの戦国武将ファンが急増し、所縁の土地や神社が賑わっているというのである。その火付け役は、どうやら戦国時代をテーマにしたゲーム「戦国BASARA」らしい。そのゲームに登場する武将たちは、無骨で粗野なイメージとは違い、揃いも揃って凛々しくてイケメン。それが、このブームに拍車をかけていると、言われている。

「今の日本男性にはないものを武将に求めているんじゃないかな。果敢に立ち向かう男らしさとか潔さみたいな」。時代小説好きの友人がこのブームを分析した。

確かに、見渡せば、日本男児はいつの間にか優しくなり、時にそれが行き過ぎて甘えん坊の人が多くなった気がする。ひと昔、いやふた昔くらい前に行った「俺について来い」タイプはほとんど姿を消した。

「戦国武将タイプの男を求める女性たちは、実は両極端じゃないかな」と、今度は社会学者の友人が意見する。

「守られたいと思う女性と、凛とした男らしさを自分に当てはめている女性とね」。

なるほど。それも一理。でも、実は、同じ女心の中に、二つの側面が合わせ鏡のように存在しているのである。凛々しい男に頼りたいと思う気持ちと、自分がこの人を守らねばと立ち向かう強い母心。女のほうが、ホントは武将に通じる心を持っているのかもしれないな。

 

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親の役目

2009/01/17 16:32

 

一月も中盤に入り、友人たちが嬉しそうに、実家で過ごしたお正月の話に花を咲かせる。お母さんのお雑煮がどうだとか、一家揃って初詣に行ったとか…。いずれにせよ、お正月は、家族が集って初めて絵になる風景が多い。海外のクリスマス同様、家族の絆を固めるのに欠かせない。

毎年年末年始は実家に帰る25歳のS君は、「親元から離れてようやく親の有り難味がわかりました」と漏らした。

一人っ子の彼はいつも母親と一緒だった。10歳の時、彼をエリートコースに乗せたいと願った母親は、家庭教師を二人もつけた。自由時間は外出禁止で、もっぱらテレビ相手に時間を潰していたと言う。

「勉強中に近所の原っぱから遊び声が聞こえてくると、すごく悔しくて…。反動で、深夜、抜け出して一晩中原っぱを走った」と当時を回顧する。それが高じて、今じゃ、プロはだしのマラソンランナーとして活躍している。

「母親を裏切ったのは高校のとき」彼は自分らしい生き方をしたいと、16歳で家を出る。それがきっかけで母子ともども自立。「あれから母が大学に行き直して、今年卒業ですよ」。と笑う彼の顔から前向きな母子関係が見える。

「子どもとの距離感をうまく取れない親が増えている」とは、某小学校教師の言。「子どもの一挙手一投足が気になる過干渉の親がいると思えば、反対に、子どもにはまったく無関心の親もいる」と嘆く。

親になると自ずと親たる役割を会得していくものだと思っていたが、今の若い親には通じない。「親とは何かを習っていないから、親業がわからない」などの意見が多々、小学校に寄せられている。核家族化がもたらした産物かもしれない。

そんな時流を踏まえて、千葉県教育委員会では、新米の親のために「親力アップ いきいき子育て広場」と言うサイトを立ち上げた。子どもの発達段階に応じた生活習慣やしつけ、家庭で大切にしたいことなどの手立てや知識を教える。

そもそも親とは、子供をしっかり見守って育て上げる立場。「親」の漢字を分解すれば、「木の上で立って見る」。つまり太古の昔から、親は木の下に居る子どもをしっかり上から見る役目だと納得できるはずだ。親の躾が子供の将来の礎を築く。子供たちの明るい未来のためにも、厳しくも、大らかに見守って欲しいものだ。

 

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笑顔に満たされた夜

2008/12/27 15:55

 

 「厳しくてやんなりますね」「商売、あがったりですよ」などなど、タクシーの運転手さんが口にする常套句には、なぜだか泣き言が多い。特に今年の冬は、バックミラーに映る彼らの顔は一段と険しい。

忘年会での別れ際、「来年こそいい年にしよ~!」「うん、いいお年を!」なんて挨拶を交わして上機嫌でタクシーに乗り込むと、即座に待っているのが、タクシー運転手さんの深いため息とやるせない表情、そして社会への愚痴の三大悪条件である。せっかく、いやなことを忘れ、来年に希望を託して飲んできたのに、心地よいほろ酔い気分もどこへやら。帰路が即刻、暗く憂鬱な時間へと化してしまう。

先日も、カラオケに興じて午前様となった。今夜もタクシーにて‘暗夜行路’かなと、心して乗ったときだ。

「お疲れ様でした!」と明るい声が弾み、さわやかな笑顔が目に飛び込んだ。あらら~。予期せぬ応対にうれしくなりながらも、どっと押し寄せてくる疲れに打ち負けて小さな欠伸をする。

「お休みください。お近くになったら声をかけますね」。気遣いが感じられる一言にほっとして、私はゆっくりと目を閉じる。

「お客様…」と約束通りの声掛けで目が覚めた。次の瞬間、眠気眼の私を待っていたのは、湯気が立ちそうな暖かなお絞りである。「わあ~、うれしい」。ぬくぬくした肌触りで、ふうっと心が緩む。

それから数分、家路をたどる間中、その運転手さんはにこやかに応答する。極めつけは、降りる瞬間だった。

「よいお年をおむかえください。素敵な年になりますように、お祈りしています」。

タクシーは、「輸送手段」の枠を超えたサービス産業の最たる例である。安全と安心運転に心のこもったサービスが加わると、客はそのタクシーを指名したくなるようで、この運転手さんにも常連客がたくさんいるらしい。「これから六本木にお迎えに行くんですよ。皆様のおかげで忙しく楽しく働いています」と、微笑んだ。

無論、不況風はタクシー業界にも容赦なく打撃を与えていると聞くが、一方人気の高いタクシーもある。本来の仕事の本質をしっかり捉えて、乗客に感謝している姿勢がそうさせているのだろう。「ありがとうございます」と心から言われれば、嬉しくなるのは当然至極。どんな逆境でも感謝する心を持っていたいと誓ったのも一瞬、その夜は、バタンキューの私でした。

 

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派遣会社に武士道精神

2008/12/22 10:33

 

今冬は、痛烈な『派遣切り』旋風が日本中を容赦なく吹き荒れたせいで、町を飾るイルミネーションがひときわ空ろに映る。

時流とともに、企業雇用形態が変り、2007年には、派遣社員数が320万人を裕に越えた。それだけ、日本の企業にとっては必要不可欠の存在となったわけだ。

労働派遣法を覗くと、その第一条が「派遣労働者の就業に関する条件の整備等を図り、もって派遣労働者の雇用の安定その他福祉の増進に資することを目的とする」と書かれている。

そもそも「派遣切り」は第一条を覆す違法行為なのだと、大いに憤慨する私に、
「それが資本主義だよ。企業だって熾烈な戦いで、生き抜かなければならないんだから」と若き企業家が冷たく言い放つ。

「企業を存続させるためには、個人の尊厳も無視って言うわけか。粗大ゴミを捨てるかのような扱いでは、暴動だって起きかねないさ」と、傍にいたジャーナリストが警鐘を鳴らす。

事実、ギリシャでは、警官の少年銃殺事件が発端で、失業者の不満が勃発。各地に暴動が飛び火した。日本でも、解雇された派遣社員が生活に困窮してコンビニに押し入ったり、自殺名所の東尋坊では、「派遣切り」が理由で自殺願望者が増えたりと、負のスパイラルが生じつつある。

はて、ここで一つ大きな疑問を覚えるのが、「派遣会社」の存在だ。企業に人材を派遣して利を得る立場だとしたら、派遣社員に対しての一切の責任は派遣会社にあるはずだ。派遣先企業の都合で有無も言わさず、解雇されたとしても、その後のケア、たとえば社宅を出ざるを得ない人たちに対する処置や転職の世話を始め、心の安定が図れるだけの猶予期間は、派遣会社が面倒を見るべきだと思う。

通常時は多くの利ざやをとっているのだから、非常時のときくらい、相手の心情を受け止めるのが、人材を育成し派遣する企業のミッションではないだろうか?

危ないと言う気配を感じたら即座に切り捨てる企業のやり方は、合理的な商人主義だと納得しても、日本人魂の私としては、武士道精神に立ち返って、「敵に塩を送る」くらいの情があるべきと考えてしまう。人を商品のようにただ動かすのではなく、人の心を動かす企業が本来の日本企業の姿勢だと、切に思うのである。

 

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クリスマスの憂鬱

2008/12/17 09:43

 

「今年もまた喧嘩の季節がやって来ると思うと憂鬱だわ」イギリス・ロンドンに在住の友人ジュリアからメールが届いた。「マチコならわかるでしょ?」と結んである。ウンウン、確かにねぇ~と、私は思わず苦笑した。

オックスフォードに留学したての冬、クリスマス休暇を目前にして一人ぽつねんとしていた私を、ジュリアが「私の家でクリスマスを過ごさない?」と誘ってくれたのである。

さて英国のクリスマスは、日本事情と異なり、あくまでも家庭中心の行事。クリスマスイブは、ほとんどの企業が半ドンとなり、午後から人々は一斉にホームタウンへと向かう。それが一年に一度のひどい交通渋滞だとしても、はたまたギューギュー詰めの満員列車だとしても、彼らはまったく気にしていない。家族に会える喜びで輝いている。

このクリスマスイブからボクシングデーと呼ばれる26日まで三日間は、完全なる休息日となって、商店を始め、交通機関はほぼ止まってしまう。外界と遮断されることで、ゆっくりと家族団欒ができるというわけだ。

ジュリアの家庭はご両親以外にお姉さん夫婦がいた。ロンドン郊外にあった彼女の実家に次々と家族や親戚が姿を現し、25日のランチタイムには、総勢10人のファミリーが一同に会した。

手作りのターキー料理に始まってクリスマスプディングが供されるまで約2時間。和気藹々とした雰囲気に外客の私も心が和み、プレゼント交換をしながらキスを交わすその光景は、家族愛が溢れ、羨望のシーンであった。

と、そこまでは映画のシーンになるくらいの最高だったはずなのに、一変したのは、その日の夕方からである。

「もういいだろう。早く支度しろよ」と義兄の声。どうやら姉のキャサリンと揉めている。

「待ってよ!おばさんと少し話したいから」

「こっちだって親父たちが夕食を待っているんだぜ」

なるほど、若夫婦の頭痛の種は、クリスマスには、どちらの実家をも訪問しなければならないことのようだ。

口論が鳴り止んだと思いきや、今度はリビングルームから罵声。

「もうそれ以上飲まないでよ。体に悪いから。帰りましょう」。

どうやら私の席の横にいた親戚のご夫婦である。

矢継ぎ早に起きる言い争いを耳にして思わず、笑いが込み上げる。

日本でもお正月に見られる極普通の風景と重なる。どちらの家を優先するか。どれくらいで切り上げるかなどでご夫婦が揉めるのを何度も目撃した。家族イベントに起きる揉め事は、世界共通なのだろう。リラックスしに行ったはずの家庭内で、揉め事ばかり起きては、ジュリアでなくても、ため息が出そうね。

 

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色のいろいろ話

2008/12/07 18:36

 

12月に入って、日本中がクリスマス一色に包まれ、商店街に施された赤色主体のオーナメントが、道行く人の心を弾ませる。

「赤ってすごい力があるのよ」カラーセラストの友人が言った。色彩心理学の観点から言えば、赤には力強いエネルギーがあり、やる気、モチベーション、そして、勇気を与えてくれるのだそうだ。

日の丸を始め、国の象徴である国旗に、赤色が一番使われるのも頷ける。

また、歴史を紐解くと、「強さ」の象徴として、赤が使われることが多い。武田信玄や井伊直政が率いていた騎馬軍団は、旗差物や具足などあらゆる武具を朱色に染め、「赤備え部隊」と呼称され、恐れられた。敵に対しては威嚇を、味方に対しては鼓舞を意味したわけだ。

「年末セール」の文字が赤く印字されていれば、ついつい財布の紐も緩くなるのも当然な心理ってことか。女性がセールに弱いのではなく、赤のなせる功罪かと思うと仕方ない。これまた納得。〔笑〕

さて、色と人の心は密接に繋がっていて、その時々の置かれた状況によって、人の色の欲し方が違う。

「不思議なの。もともとブルー系が大好きだったのに、今はピンクばかりを身につけてるわ」と頭をかしげる友人がいる。

4年前、お母様とご主人に相次いで先立たれ、失意のどん底にいた。それでもやっとの思いで前を向こうとしている彼女の姿を見て、涙を押し隠すのがひと苦労だった。

「今思うと、あの時から色の嗜好が変ったわ。手に取りたくなるのがみんな柔らかな色、特にピンクだったのよ」。

‘愛情の色’でたとえられるピンクは、筋肉を弛緩させ、女性ホルモンの分泌を促す効果があると言われる。冷え切った彼女の心を癒し、ともするとささくれ立つ気持ちを丸くするのに役立ったのだろうか。

今の日本人に一番必要な色は何色だろう?優柔不断な政府には赤、不透明なビジネス界には白、振り回されているだけの健気な私たち庶民には癒しのピンクにお金のたまる黄色…かもね。虹色ニッポンの年末ってことですね~。

 

 

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オタクもどきの辛さ

2008/11/30 17:17

 

ここのところ、「下方修正」だの「破産」だのと、鬱々したフレーズが目に飛び込む。消費産業も冷え込んだと思いきや、今だ、元気溌剌な市場がある。秋葉原を中心とした「オタク市場」だ。

 矢野経済研究所では、アニメ・コミック・フィギュアから、メイドコスプレ関連に至るまで‘オタク産業’と言われる13の事業団体や事業者を対象にビジネス市場動向を調査した。結果、2007年度は、前年度に比べて売り上げが急増していることがわかった。これは、オタクカルチャーのメジャー化、定着化を意味していると、同研究所は分析している。

もともとオタクとは、「特定の趣味に執拗にこだわり、時間とお金をふんだんに費やす人たち」を指し、根暗なイメージを伴ったが、時代とともにその定義も変る。アニメやコミック、鉄道などに限られていた80年代から、IT革命が進んで、「パソコンオタク」が勢いを増し、昨今は、「健康オタク」「アウトドアオタク」などあらゆるジャンルにオタクが徘徊して、いつの間にかポジティブ志向となった。

人は、幾つになっても寝食忘れて没頭できる何かを持てることは、とても幸せだ。特に先行き不透明な時代には現実逃避の何かを持ちたくなるもの。それがオタク文化の普遍化を進めているのかもしれない。

「絶対だめ」と首を横に振る奥様を尻目に、デジタル一眼レフのパンフレットをそっと見せる友人。若いときから写真が大好きで、アマチュアフォトコンテストでも入選したこともある。「これ、10万近くするんだ。自分の褒美に、年末に買おうと思ったんだけど、この不景気ですっかり狂っちゃった」とぼやく。ボーナス大幅カットが叫ばれている現状では、子どもたちの教育費優先で、父親の贅沢は許されない。

「趣味を持つって素晴らしいけど、追求するにはお金もかかる。僕はオタクになりきれないオタクもどきだな」と苦笑する。

不景気だからこそ時を忘れて夢中になれる何かを持ちたい。でも不景気だからそのための贅沢はできない。二律背反的なせめぎ合いの心中、お察し申し上げる次第である。

 

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